たとえその役目を終えても
展示スペースは、元鋳物工場の心臓部分、キューポラがあった空間である。活気のなかにたくさんの製品を生み、人々が汗して働いた頃の名残りと、流れた時間が染み込んでいる。
実行委員としてこの展の企画を進めているさなか、自宅介護していた高齢の義父が倒れ、生死の境をさまよった。幸い生還はできたものの、左の手脚は機能することを終えた。義父はそのような命の危機を繰り返すたびに、それまでわかっていたことを手放し、寝たきりとなり、体の末端をも切断して手放した。その様子はまるで、宇宙空間に飛び出すロケットが、飛行という目的のために不要なものを切り離すのにも似て、自分の身体を、命の存続に必要な機能だけに集約しようとしているかのようだ。
家族の身に起こったそのような出来事は、「生きる」という意味の重さや、「人間」とは何をもって人間と言うのかを考えさせるものだった。痩せて小さくなっても、家族さえ見分けられなくでも、精一杯生きている姿には人間を超えた崇高ささえ感じ、まるで予告なしに静かに壊れていく自然環境にも似ているように思える。
人・物・行為や建物などには、生産性や社会的役割を担わなくても、存在として意味がある場合がある。もしも生産性のみを価値基準としたら、例えば「文化(アートも)」や「人間性」のような、何か大切なものを忘れていくことになるだろう。変わりゆく開催地川口のさまざまな断片を意識し続けながら、人が生きる基盤とする街・環境について考えてみたい。大切な何かが静かに壊れていくことのないように。
([Between ECO & EGO Act-4] 2004.3 コメントより)