水の郷の箱舟
かつて東京湾に注いでいた利根川を、銚子に向かわせた江戸幕府の治水事業を発端として、千葉県我孫子市の人々は、利根川と手賀沼に挟まれた水環境により、幾度もの洪水の試練に立ち向かってきたという。ノアの箱舟が、次の時代のために生き残るべきものを乗せて、神が起こす洪水からサバイバルしたのなら、我孫子の箱舟は何を守り、未来に伝えるだろう?
丸山は、遊水池を兼ねる長辺100メートルの原っぱに、利根川や手賀沼など我孫子の水地図を描き、そこに、小さな箱舟を置く。それはこの環境から逃げない意思を示す大きな錨を降ろしている。箱舟の中には、洪水に対応してきた人々の記録画像とともに、舟をのぞきこむ人の、記憶や未来への希望が積み込まれるはずだ。
いかに高度文明を築いたとしても、宇宙や自然を前にして人間の存在は小さい。幾度もの失敗、修復、改良を重ねながら未来へ向かう人類のすがたを小舟に象徴させ、銀河のような遥かな時間の河に浮かべる。